【要約】15年前“原子炉建屋”内で起こった“日本を救う”知られざる作業【門田隆将チャンネル#0144】

INDEX(目次)
15年前“原子炉建屋”内で起こった“日本を救う”知られざる作業
『門田隆将チャンネル#0144』を要約
東日本大震災15年と福島第一原発の記憶
・3月11日で東日本大震災から15年を迎え、門田氏は犠牲者への哀悼の意を示すとともに、自身も2011年3月11日午後2時46分の地震発生時に現場にいて、激しい揺れと事務所の被害を体験したと振り返った
・震災と津波では、行方不明者を含めて2万人を超える犠牲が出たとし、未曾有の悲劇だったと改めて強調した
・さらに門田氏は、震災そのものだけでなく、福島第一原発事故によって日本が国家的な破局寸前に追い込まれていたと述べた
・とりわけステーションブラックアウトにより全電源を喪失し、原子炉の冷却が不可能となったことで、東日本が壊滅し、日本が事実上分断されかねない極限状態だったと説明した
・門田氏は、この危機について「東日本は人が住めず、西日本と北海道だけが無事という日本3分割の寸前だった」との認識を改めて示し、その深刻さを訴えた
日本を救った現場の決死の行動
・門田氏は、格納容器の爆発が起きていれば、東京を含む広い範囲が居住不能となり、日本は取り返しのつかない事態に陥っていたと指摘した
・その最悪の事態を防いだのが、現場のプラントエンジニアたちによる決死のベント作業だったと語った
・電源が失われて機械操作ができない中、作業員たちは高い放射線にさらされる危険を承知で原子炉建屋に突入し、MO弁などを人力で操作して内部圧力を逃がした
・この人力によるベント成功によって格納容器の爆発が回避され、日本全体の壊滅が食い止められたというのが門田氏の見立てである
・門田氏は、この行動が単なる職務遂行ではなく、命懸けで国を守るための戦いだったと強調し、日本社会はその意味をもっと深く受け止めるべきだと訴えた
原子炉を「我が子」と見ていた技術者たち
・門田氏は、取材を通じて90人以上のプラントエンジニアに話を聞き、その多くが小高工業など地元工業高校出身者だったと明かした
・彼らは日頃から、重大事故が起きた場合には「自分の体で止める」という覚悟を叩き込まれるような、厳しい現場教育を受けていたという
・現場の技術者たちは、過去の東海村事故などで高線量被曝がいかに悲惨な死に方につながるかを十分に知っていたにもかかわらず、それでも「俺が行く」と名乗り出て突入を繰り返したと語られた
・中でも印象的だった証言として、ある技術者が「原子炉はただの機械ではなく、我が子と同じだ」と話したことを紹介した
・その技術者は、担当していた1号機を「やんちゃだが、いいやつだ」と表現し、「こいつが日本を滅ぼしたいはずがない。だから自分が助けなければならない」と語っていたという
・門田氏は、この言葉に、現場の人間が設備に対して持っていた責任感と愛着、そして事故と真正面から向き合う覚悟が凝縮されていると受け止めた
家族への思いと極限の覚悟
・門田氏は、突入前にある作業員が結婚指輪を見つめ、一度外した後で再びはめ直した場面が強く印象に残っていると語った
・放射線に汚染された現場では、自分が死亡しても遺体がすぐには回収されない可能性があり、指輪だけでも家族のもとへ戻る手がかりになるかもしれないという極限の覚悟がそこにあったとみられる
・さらにその作業員は、門田氏の問いかけに対し、「やり残したこと」があると打ち明け、それは妻に「ありがとう。今まで幸せだった」と伝えられなかったことだと明かした
・この証言を聞いた時、その人物が大粒の涙を流したことが忘れられないと門田氏は述べ、現場の戦いが単なる美談ではなく、家族との別れを覚悟した壮絶なものだったと語った
・門田氏は、こうした責任感と献身によって今も東京を含む日本社会が成り立っているのであり、私たちはその事実にもっと感謝すべきだと訴えた
吉田昌郎所長と現場の覚悟
・門田氏は、自身が吉田昌郎所長の取材と説得に長い時間を費やし、その経験をもとに『死の淵を見た男』を書いたことを振り返った
・その後も『記者たちは海に向かった』などの作品を世に出し、さらに映画『Fukushima 50』やNetflixドラマ『THE DAYS』の原作・原案にも関わったことで、国際的にも多くの取材を受けたと述べた
・海外メディアからは一貫して「なぜ日本人はあの状況で突入できたのか」という質問を受け続けたといい、それだけ現場の行動は世界から見ても特異で衝撃的だったと語った
・また、吉田所長が亡くなる前に親友でもある同僚へ送ったメールとして、「もっと状況が悪くなったら全員を撤退させて、お前と2人で残るつもりだった」「奥さんに謝っておいてくれ」と記していたことも紹介した
・門田氏は、この言葉に、最後の最後まで現場を空にせず責任を引き受けようとした吉田所長の覚悟が表れていると語った
オールドメディア批判と15年目の問いかけ
・門田氏は、こうした日本人の戦いこそ震災15年の節目に改めて伝えるべき本質だとしながら、日本のオールドメディアはその核心を十分に報じてこなかったと厳しく批判した
・とくに朝日新聞が過去に「福島第一原発所員の9割が命令違反で逃げた」とする趣旨の記事を掲載した件を挙げ、事実をねじ曲げて原発や現場を貶める報道姿勢の象徴だったと指摘した
・その記事については、門田氏が虚報だと追及した結果、最終的に朝日側が謝罪・撤回した経緯にも触れ、既存メディアの体質は今も変わっていないとの認識を示した
・門田氏は、海外メディアが15年経ってなお日本人技術者の行動を取材しに来る一方で、日本国内では本来報じるべき人々の献身が十分共有されていないことに強い疑問を呈した
・そして15年の節目にあたり、震災の犠牲を悼むだけでなく、なぜ日本が助かったのか、誰が日本を救ったのかを思い返してほしいと視聴者に呼びかけた
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